思えば不遇な歯の歴史【前編】

自分が噛み合わせに問題があるなんて、しじゅう手前になるまで知らなかったし、オペをするなんて想像もしてなかった。

そんな私の歯関係の歴史、歴歯を振り返る。

 

幼少期より歯科に通い、脱走を繰り返す。

東北の田舎の小さな港町に生まれ、3歳頃にはすでに歯科通いをしていた。

治療中は泣き叫ぶわ、名前を呼ばれる前に待合室を抜け出すわ(ダッシュで勝手に帰宅)で、手を焼いた歯医者は、「もう来ないでくれ」と言っていたらしい。

小学校の入学式が迫ったある日、歯医者でレントゲンを撮ると、「永久歯がもうそこまできている」というから、上の前歯を2本抜いた。母は「なぜ、今…」と泣いた。

入学式の写真を見ると、母が用意した落ち着いた赤色のブロードのワンピース、くるぶしまでの白いレースの靴下、ぴかぴかのパンプスをまとい、歯抜けの私が笑っている。

ちなみに前歯が生えてきたのは夏も終わりの頃だった。

歯並びの悪さに気が付いたのは中学1年の時。

バスケットボールが顔面に当たった際、八重歯が唇に刺さったのがきっかけだった。

歯科医(脱走していたあの歯医者)に相談したところ、左側の八重歯を上下2本抜かれた。

今思えば、なぜ健康な永久歯を抜かれたのかかなり疑問だが、昔は抜歯も、神経を抜くことも、当たり前のように行われていたように思う。

顎変形症のはじまり?

親が顎が小さいので、遺伝的な要因が大きいと思うが、この6歳の時の前歯の先走り抜歯と、中1での八重歯の抜歯が、顎変形症を発症する要因のひとつになったのかもしれない。

しかし当時、この歯医者の治療方針に疑問を持つとか、そういうことは考えられなかった。

東京にはコンビニの数ほどの歯医者があるが、田舎の歯医者は限られる。選択肢が少ないないのだ。

しかも、当時はインターネットなど全くなかった時代。

かつて叔母が働いていたという理由で、私のかかりつけの歯医者が決定した。

田舎というのはそんなもんだ。

誰のせいでもありゃしない。