まんま、もやしだった

ブラケットを着けた直後、違和感はあったものの、痛くはなかったので、余裕をぶっこいていたところ、先生に「2~3時間位で痛みが出てきます。痛くなる前に食事を済ますか、やわらかいものを食べてください」と言われた。それでも私は痛くならないパターンなのかも、と引き続き余裕をぶっこきながら、その足で夕食の買い物をするためにスーパーに寄って帰宅。

帰宅して一息ついた頃、処置からちょうど2時間経ったあたりでじわじわと痛い。(ちょ、何この感じ…。きっかり2時間で痛くなるなんて!ああもう先生予言の天才かよ…!)ついさっきまで、ゆうゆうとスーパーで買い物をしていた自分が遠い存在だ。でもお腹減ったしごはんにしようと、小鍋に豆腐とはんぺんと豚肉の細切れともやし、最後にたまごを落として、やわらかお鍋を作った。

レペゼンやわらかい食べもの、キングオブやわらかい食べものの豆腐をふうふうして口に入れる。嘘だろ痛くて噛めない。豆腐が固いと思ったのは生まれて初めてだった。この時初めてわかった。「やわらかい食べもの」とは、「噛まなくても飲みこめるレヴェル」でなくてはならないのだ。その点、小さく切ったはんぺんは救世主だった。口に入れて、上あごと舌でつぶして飲み込めた。

豚肉の細切れなんてもってのほか。もやしだって同じ。小さいからって食べられると思ったら大間違いだ。咀嚼ゼロ回では飲めない。つまりは食べられない。普段食事を作る時に、つい沢山作ってしまって、明日も食べればいっか、と思っても結局当日全部食べ切ってしまう私が、豚肉ともやしを残すしかなかった。

食事を終えて、満腹ではなかったが、そんなことなんてどうでもよかった。とにかく寝たくて、さっさと風呂に入る。風呂に浸かりつつ歯磨きをすると、上の奥歯から3センチほどの糸状のものが出てきて、(やだ、いつかのフロスが残ってたのね。)と思ったらさっきのもやしだった。まんま、もやしだった。

めちゃくちゃブルーな気持ちになってベッドに入る。翌朝目覚めると寝汗がハンパなかった。きっと寝ている間も痛かったのだろう。(こんなんじゃ…数年間もこんなんじゃ…やっていけない!やんなきゃ良かった…!)

と思ったが、1週間もすれば慣れてくる。痛みのピークは装着の翌日で、そこからはだんだんと落ち着いて、食べられるものも少しずつ増えてくる。さすがにステーキをむしゃむしゃ、というのは厳しいけれど、それなりに、満足できるものを見つけていける。人って凄いよ。AIすげえとか言ってる場合じゃない。

ブラケット装着後1週間で食べたもの

  • 豆腐
  • はんぺん
  • プリン
  • ヨーグルト
  • 牛乳にひたした食パン
  • 牛乳にひたしたカステラ
  • 牛乳にしたしたフレンチトースト
  • コーンスープにひたした食パン

以上。

基本甘み。

牛乳にひたした食パンを食べていて、フレンチトーストなら食べられるんじゃ?と思い作ってみたが、痛くて噛みきれなくて、結局牛乳に浸して食べた。たまごと牛乳と砂糖の液にじっくり浸して焼いたフレンチトーストを、更に牛乳に浸して食べるのなら、普通の食パンのまんまで良かった。

矯正を始めてから、私が今までどれだけ奔放に食事をしていたかに気付かされた。どちらかというと、「好きなものを食べています」と言いつつ、実はある程度節制していて痩せているタイプの人間なのかと思っていたけれど、別次元で解放されていたことに気付く。自分は今、何を食すべきか、何を制限すべきか、何を味わいたいか、意のままにコントロールできていたのだ。食べたいと思い浮かべたものを、食べられるということがいかに幸せか思い知った。

私の食の不自由さは、長くても4年くらいの期間限定で、これが終われば、今まで以上に食事を味わうことができる。だけど、歳をとって、あるいは病気になって、この先食べられなくなる人もいる。そう考えると、食事において最も大切なことは、喜びの部分だと思う。もちろん、栄養バランスは大切だ。事実、私はアスリートや肥満に悩む人に、食事改善を提案する仕事をしているから、その重要性は熟知している。でも、加齢、病、減量、パフォーマンス維持、どんな状況でも真っ先に、食事は楽しくて、おいしくて、気持ちが満たされるものであるべきだ。

こんなふうに、食べることの本質(かどうかは分からないけれど)を考え直すきっかけとなったのは刺激的なことだった。ブラケットを着ける前は、栄養素至上主義。でもでも、食事は楽しくなくっちゃね!的なスタンスだったが、栄養素を語る前に大切なことがある。と今は思っている。